コラム

伊藤嘉輝さんのこと


 
伊藤さんと出会ったのは、去年の「クラフトフェアまつもと」でのことでした。
毎年、5月最後の週末に松本のあがたの森で開かれるクラフトフェアは
陶磁器、ガラス、木工、染色、金工などなど
全国から作り手が集まるクラフトの大きなイベント。
選考を勝ち抜いた、気鋭のクラフトマンが一堂に会す醍醐味と
緑薫るあがたの森の開放的なロケーションが相まって
いつもたくさんの人たちで賑わいます。

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出店者も、どこかリラックスしてたのしげなクラフトフェア。
その中で、ひときわのどかに、まるでピクニックのように
お昼ごはん真っ最中のファミリーがいました。
元気な小さな女の子たちに、笑顔のパパママ、
その様子になごみつつ、店先に眼をやると
家族の風景にふさわしく、温かなガラスたちが並んでいました。
 
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しゃがみこみさんざん迷って、ぽってりとして 泡のたくさん入った小鉢を買いました。
名刺交換をして、引き上げようとして、思い直して
最初に引かれた大ぶりのブルーのドラ鉢も買いました。
ちょっとおまけしてもらいました。
この年のクラフトフェアで、一番心に残る出会いでした。
 
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去年の7月は、ガラス、陶磁器、木工などの作家さんに参加してもらい
「サラダのうつわ」の催しを企画していました。
クラフトフェアから帰って、しばらくして伊藤さんに出品を頼んでみました。
会期まであまりにタイトだったけれど、小鉢やドラ鉢を家で使ってみて
どうしてもお願いしたくなったのです。
無理を承知だったけれど「少しなら」と引き受けてもらって大喜び。
こうして伊藤さんのガラスたちは、はじめてPARTYの店頭に並び
やさしい温もりを添えてくれました。
 
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伊藤さんは岩手県花巻の出身です。
一度は東京で就職しましたが、25才のとき
故郷の花巻に第三セクターのガラス工房ができることを知り
参加することになります。
そのとき、ガラスを学びに行った石川県能登島の工房で出会ったのが
いまの奥さんの亜紀さんです。
 

 
花巻の大迫町の施設「森のくに」のガラス体験工房で3年、
そこから独立した人の工房で2年。
1999年に亜紀さんとの結婚を機に、そのオーナーから設備を譲り受けて独立し
2003年、亜紀さんの実家である秋田県大仙町のいまの工房に移りました。
 
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個展にあたって、伊藤さんの工房を訪ねたのは6月初旬のことでした。
「角館まで来てくれたら迎えに行きます」。
秋田になじみはなかったけれど、角館は昔いく度か訪ねたことがありました。
以前、訪ねたときにはなかった新幹線が通ったというものの、降り立った駅は小さく
駅前には昔と変わらぬのんびりとした空気が流れていました。
伊藤さんのクルマに乗り込み走り出すと、まもなく風景は一気にのどかな田園に。
「仙北平野なんて言っています」とこれもまたのどかな口調の伊藤さん。

じつはせっかく秋田に行くならと、前日大館まで足をのばし
曲げわっぱの伝統工芸士 柴田慶信さんにお目にかかって来たのですが
その旅の間中、果てしなく秋田の田園風景に眼を奪われ続けていたのです。
なんて豊かな風景だろう。と。
 
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伊藤さんの工房は、まさにそんな田園のまっただ中にありました。
亜紀さんのおじいさんの代に、開墾したという広い土地。
そこでいまは亜紀さんのお父さんが、つまもの(お料理のつまになる葉)やイチゴ畑
自家製の大豆で作るお豆腐やさんまで幅広く手掛けています。
伊藤さんの工房兼展示室は、昔、農具を入れる納屋だったという建物を改造したもの。
あちらこちらに吹いたガラスをはめ込んだり、昔の道具を利用したり
伊藤さん夫婦が、愛おしみつつ、手をかけてこの工房を作り上げたことが忍ばれます。
 
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古さを生かした空間に、伊藤さんのどこか懐かしい表情のガラスがよく映えます。
そして、木枠の窓からは一面に広がる緑。
ひとしきり話を終えたころ、亜紀さんが出してくれた手作りのシフォンケーキには
摘んだばかりの瑞々しいイチゴがひとつ。
 
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「お母さん、おかわり」。ぺろりと平らげた
未菜(みな)ちゃんと知花(ともか)ちゃんからすぐにリクエストが出ます。
未菜ちゃん6才、知花ちゃん3才。
「こんなところで育ったら、ほんとうにのびのびして幸せですね」
と、感嘆すると「のびのびし過ぎて」と笑う亜紀さん。
いえ、ほんとにゆたかな自然とご両親の愛に育まれ
お日さまのように元気にすくすくと、成長しているふたりに思えました。
 
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どんなガラスを作りたいですか?という問いに
「家庭不和にならないガラス」と、伊藤さんは笑って答えました。
高価なガラスだと、割っちゃったとき喧嘩になったりするでしょう。
そうでなく、割っても、あ~あ、割っちゃった、じゃあまた新しいの買おうね。
と言えるぐらいの値段がいいと思うんです。
使っていて恐くないガラスを作りたい。
伊藤さんのガラスはほとんどが、ビンを溶かした再生ガラスです。
そもそもは花巻の工房に勤めていたころ、不景気で資金が底を尽き
仕方なく使ったのが始まり。
再生ガラスは固まるのが早いから薄く吹くことができず
ぽってりと厚めに仕上がります。
「でも、壊れにくいガラスをつくりたいから
わたしたちには合っているかな、と思って」と亜紀さん。
未菜ちゃんと知花ちゃんがケーキを食べていたのも、お父さんのガラスのお皿。
家族みんなが、いつでも気兼ねなく使え
使うことでほっと気持ちがなごむ。
それが、伊藤さんの目指すガラスなのかも知れません。

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最初は、ビンを砕いたものを業者から買っていたりしたけれど
いまでは、工房で使う年間1トンものガラスの原料が
自分達の使ったものや口コミで友人知人が持って来てくれたもので賄えるといいます。
が、ひとつひとつビンのラベルを剥がして洗って、仕分けして砕いて
ガラスを吹くまでにいたる行程は、とても手間ひまかかるものです。
でも、長い間、そんな再生ガラスとつきあい続けてきた伊藤さんからは
そんな手間ひまかかる材料への深い愛着が感じられます。
 

 
原料を見せてくださいと言ったわたしに
工房裏に無造作に積んだビンを見せてくれた伊藤さんが呟きました。
「リターナブルのビンは傷だらけだけど、いっぱい使ってもらって幸せですね」
人のために働いてくれたガラスたちに、また新しい命を吹き込みたい。
もしかしたら伊藤さんは、そんな思いでガラスを吹いているのかな。
家族や使う人への愛情や、素材たちへの感謝と思いやりが込められているから
伊藤さんのガラスは温かく、心安らかな表情をしてるのかな。
手に取るわたしたちをやさしい気持ちにしてくれるのかな。

ふとそんなことを思いました。
 
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工房にて。
手びねりの小鉢づくりを見学。
 

 
窯からガラスを巻取っているところ。
伊藤さんの窯は、一日の終わりに火を落とします。
翌朝7時頃に火をつけ、1時ぐらいから作業ができるそう。



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伊藤さんのガラスのひとつの特徴である「手びねり」という技法。
もちろん、手でひねるわけではないけれど
道具でツノのようなものを作って吹き、手びねりしたような温もりある風合いを作ります。
 

 
吹いたあと、ころがしながら道具で口を広げて行きます。
(吹いているとことの写真、忘れた~~!残念。)
 


できたら、ポンテ竿からはずして…。
 


底を整えて、徐冷炉に入れて一晩冷まします。
 
 
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手ひねりの小鉢。
 
2007年訪問

→伊藤嘉輝さんの作品はこちら。

 

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